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【社員インタビュー】大学時代に気づいた営業という仕事の面白さ。進化し続けるスマートドライブの営業責任者・稲垣亮太の仕事観とは

営業という仕事は面白い。大学時代に複数のスタートアップの長期インターンで気づき、夜間MBAで働きながら学び、副業でNPO設立・運営に取り組み、外資IT企業で大きな実績を上げ、その先にたどり着いたのがスマートドライブの営業責任者の役割。それが現在もパワフルに活躍する稲垣亮太です。

本インタビューでは学生時代の原体験から人生の転機、そして現在の営業責任者の役割までたっぷりと語ってもらいました。

1つ目の転機は大学2年の時。インターンを経験し、営業の面白さを知った

まずは稲垣さんの自己紹介を簡単にお願いします。

スマートドライブで営業責任者をしています。また自分自身でも大手企業向けの提案や共同事業開発を担当しています。

キャリアとしては、新卒でSIerに入社して、働きながらグロービス経営大学院で夜間MBAで学んだり、GRAという東日本大震災復興に関わるNPOを立ち上げたりした後に、Salesforceという外資IT企業に転職しました。そこでありがたい事に短期間で大きな成果を出す事ができ、元上司に声をかけてもらい新しいMarketoという外資IT企業の立ち上げで一人目の外勤営業として入社させて頂き、営業責任者をさせて頂いていました。その後去年4月からスマートドライブに入社させて頂いて今に至ります。

プライベートは走る事や自然が好きで、今は代々木公園の近くに奥さんと2歳の息子と住んでいます。後は去年から本格的に取り組んでいるのですが、副業で週末に主に経営者や若手ビジネスパーソン向けに、CTIというコーチ養成機関での学びを基にコーチングセッションをしています。

 

どのような幼少期だったのでしょうか?

父親が新聞記者だった関係で、幼い頃は仙台・新潟・名古屋などを転々としていました。小学5年生から高校卒業まではピーナッツで有名な千葉県八街(やちまた)市という所で過ごしました。学生時代は帰宅部でそこまで何かに熱中することなく結構だらだら過ごしていた気がします。

 

スポーツマンのイメージがあったので少し意外です。

運動するようになったのは20代後半からです。体育会系のノリも得意ではありません(笑)

 

大学時代はどんな学生でしたか?

入学当初は初めての一人暮らしで浮かれて、髪を肩まで伸ばしてパーマをかけたり、東南アジアをブラブラしたり、家にDJブースを置いてみたり、全く勉強せず遊んでいました。

 

今の姿からは全然、想像がつきません(笑)

周りで一緒にいてくれる仲間はいたのですが、すぐにそういう生活を退屈に感じてしまって、転機が訪れたのは大学2年生の時でした。スタートアップ企業経営論のゼミに入ったのですが、そこが同期も先輩も先生もいい意味で変な人の集まりでした。そこでETIC.というスタートアップと大学生をマッチングするNPOのイベントに連れて行かれました。当時は渋谷ビットバレー終盤で、スタートアップで活き活き働く30代のおじさんやそこでインターンする同年代を見てワクワクしてしまって。そこからは大学はゼミだけは一生懸命学び、後はほとんどスタートアップで働くような事をしていました。

 

学生時代はカフェやNPOに参画されていたそうですが。

昔「マネーの虎」というテレビ番組があったのをご存知ですか?そこで審査員をされていた飲食店経営企業社長の、秘書みたいな仕事をした時期があります。今ではあり得ないですが、オフィスの床で寝泊まりしたりしながら、エスニック料理店店長とどうやったらもっと集客できるか議論して、ビラ配ったりメニュー変えたりとかしていました。今思うと商売について何も分かっていない普通の学生だったのですが、そんな自分に貴重な経験をさせて頂いて本当にありがたいなと思います。

後はそこで新しいプロジェクトで期間限定のスポーツカフェを短期間で立ち上げる事になり、僕と同じようにあまり分かっていない学生100人位で数ヶ月位で立ち上げて運営するという、これもかなり貴重というか異常な経験もさせて頂きました。色々な事件が起きて本当に大変だったのですが、今でも沢山の人とつながっていて一生の仲間ができました。ちなみに今の奥さんもこの時一緒に働いていました(笑)

 

運命的な出会いですね。

振り返るとこのプロジェクトを通じて、自分が何が得意で何が苦手か、初めて分かったような気がします。自分が考えている価値を相手に伝えて共感を得る事や、沢山の関係者の利害調整をする事は得意。完全なゼロの状態からから仕組みを作り上げたり、細かいオペレーションを間違う無くやり続けるのは本当苦手。今もあまりそこから変わってないと思います。

この得意と感じた所をもっと活かして今後のキャリアを考えていきたいなと思って、その後に日広という広告理代理店で外勤営業をやらせて頂きました。当時はまだ沢山あったポータルサイトのバナー広告やメルマガの広告の枠を売っていました。当初は何も分かっていなかったので、営業戦略やネット業界の本を沢山買ってきて読んで、一番下っ端だったので可能性が低いリストをもらって、そこからターゲットを絞ってアウトバウンドコールして訪問してという事をやりました。時代を感じるのですが西新宿の高層ビルで「ビル倒し」して、HISのいち支店からお仕事を頂いたり、まだ今ほど広告出稿が多くなかった美容整形のお客様を獲得したりしていました。

先端技術で社会が変化していく境目にいて、自分がそれを後押ししているような感覚で仕事していました。これが僕が営業を一生の仕事にしようと思う原体験になっていると思います。ちなみにここでお世話になった社員の方々とはその後もつながっていて、Marketo時代にはまたお仕事させて頂く機会がありました。

その後関わったのが、スタートアップではないのですが、かものはしプロジェクトという東南アジアの児童買春問題に取り組むNGOでした。僕と同年代の人間的に素晴らしい3人の共同代表が立ち上げた団体で、当時は現在と違い日本からシステムやウェブ制作を受託して活動資金を得る事業モデルで、その営業活動に関わる予定でした。ですが残念ながら事業モデル転換等もあって、そこまで貢献できずに短期間で離れてしまいました。

ただその後ここでの経験がきっかけとなって、GRAというNPOを自分で設立する事になったり、Marketoで日本独自のNPO向けプログラムを立ち上げる事になったので、全ての経験は何一つ無駄にならず繋がっていくのだなと思います。

NPO時代(緑色のTシャツが稲垣)

営業としての成果を積む中で訪れた2つ目の転機

ここからは大学卒業後のキャリアについてお伺いします。大学卒業後の進路について教えてください。

大学卒業後は、電通国際情報サービスというSIerに入社しました。当時SIerは新しいテクノロジーで社会インフラを作っていく醍醐味がありましたし、業界の中でも個人の裁量が大きかったり、電通とGEのJVというDNAもあって面白い人が多いなと思い決めました。インターン経験で高くなっていた鼻をへし折られて落ち込んで、本当に使えない若手社員だったなと思うのですが(笑)、今思うと本当に沢山の方に気持ちと時間を割いて育てて頂いたなと思います。ビジネスパーソンとしての基本を叩き込んで頂きました。Fintechという言葉が出てくる前の時代の先端技術を活用した金融サービス開発に関わらせて頂いたり、扱う金額が大きくなっていってとてもやり甲斐がありました。

ただ転機があって、尊敬する先輩の一人が当時上海にいてどうやったらいつかその人のようになれるかと考えて、話を聞きに行った時にビジネススクールで学んだという話を聞き、それがキッカケとなり28歳から働きながらグロービスという夜間大学院で学ぶようになりました。ここでの学びが深まっていくにつれて、自分が本当にやりたい事は何なのかや、どのような選択肢がとり得るのかが見えてきて、今の会社を変える事に挑戦するかも含めて考えた結果、Salesforceに転職しました。

転職してからは、完全に今まで学んできたものを忘れてゼロから学び直すつもりで、営業について基本から勉強し直しました。本当に運が良かったなと思うのですが、在籍期間は短かったですが、お客様や上司や同僚の皆さんに恵まれて大きな成果を出す事ができ、「稲垣という営業がいたらしい」という小さいですが爪痕を残せて良かったなと思っています(笑)

Salesforceは今でも大好きな会社で、当時も辞めるつもりは全く無かったのですが、元上司や尊敬する別部門の先輩がMarketoの日本法人立ち上げに挑戦していて、ある日銀座でカレーを食べながら話していたら突然「一緒にやらない?」と言われてびっくりしたのを今でも覚えています。その時は今取り組んでいる仕事は本当にやり甲斐があるけど、これからの展開がもうある程度見えているなと思う事があり、一方でこれから日本に参入する将来性はあるけどどうなるか分からない日本法人立ち上げに、自分が一番尊敬して一緒に働きたい人達と一緒に、ほぼゼロから立ち上げるフェースから挑戦できる、という機会はこれからの人生で何回あるんだろうと思い、一旦持ち帰ったものの早々に行きますとお返事しました。

 

Marketoでは夜の11時くらいまで働いていたそうですね。

ここでも本当にお客様と一緒に働く人に恵まれていたのですが、日本だけでなくグローバルでも毎年成績上位者として表彰される成果を出す事ができました。当時は365日起きている時間は常に仕事していました。心身ともに大変でしたが本当にやり甲斐があって楽しかったです。お客様が成果を出して社内外で評価されたり出世していき、市場自体を一緒に作っていくような感覚で、組織の枠を超えたコミュニティのようなものが出来上がっていったのが一番のやり甲斐でした。

言葉にすると恥ずかしいですが、この頃から自分がやっている目の前の仕事は、社会をより良くしていく事につながっているのだという感覚が強くなりました。後は途中から役割がマネジメントに100%シフトしてからは、自分で成果を出すよりもメンバーの人達が成果を出す事に、またメンバーの人達が成長していくのを見る事に大きな喜びを感じるようになりました。

 

そんなやりがいがあって、楽しいと感じていた職場をなぜ離れてしまったのでしょうか?

次の10年スパンで取り組んでも良いと思えるテーマに出会ってしまったからです!元上司の影響でキャリアをなんとなく10年スパンで考えるようになっていて、SalesforceやMarketoでやってきた事の先には何があるんだろう、という事は数年前からよく考えていました。事業が成長して組織が大きくなり、重要な役割を様々な経験をさせて頂き、できる事が少しずつ増えて、逆にあまりうまくできない事もよく分かり、今自分がになっている役割は自分ではない他の誰かでもできるなと思うようになりました。

マルケト時代(前列左端が稲垣)

「スマートドライブ」という次のチャレンジへダイブする

次の転職先としてスマートドライブを選んだ理由は?

仕事は「誰と何をするか」だけだと考えています。「誰と」については、スマートドライブは確か入社する2年位前からボードメンバーと会って話す機会があって、その当時から「魅力的な人が多いな」「カルチャーがいいな」とずっと好感を持っていました。前職から一緒に働いていたり、元お客様だったメンバーも沢山いますし(笑)。実際に入社してからもこの感覚は全く変わりません。最高のメンバーが揃っていると思います。

「何をするか」については、出会った当初は「車のデータがなんでそんなに面白いんだろう」位にしか思っていなかったのですが、業界自体の変化スピードが著しくその可能性がどんどん顕在化しているのを感じたり、先行する海外市場がそれを証明している感じがしたり、社会インフラを大きく変革していく社会性を感じたり、更にスマートドライブが唯一無二の物凄く絶妙なポジションにいるという事に気づきました。そして今まで自分がやってきたスキルや経験が活かせるだけでなく、先端技術で社会をより良くしていくエバンジェリストのような存在でありたいという、大切にしている価値観とも整合しているなと思っています。後は元々はマレーシアに生活拠点を移して、東南アジアの事業開発に挑戦する予定で、それも大きな理由の一つでした。

 

しかし、マレーシアは現在コロナで行くことができなくなってしまいました。

そうなんですよね。移住前提で事前に現地にも行って腹を括って、4月から現地入り予定だったので、流石にこれからどうしたらいいんだろうって最初は結構悩んでました(笑)

しばらくはリモートで日本から現地企業様と商談して受注できたり、日本の大手通信キャリア様との現地での協業を形にする等やれる事をやってきましたが、移動制限が長期化していき並行して日本側で任せて頂く役割が大きくなる中で、既に駐在しているメンバーにお任せして、当面は日本側の事業に集中する事にしました。

結果的には自分がこれまでやってきた事が思っていた以上に活かせるし、日本側の事業成長が今後の東南アジア展開にも直結しているので、東南アジアへの挑戦は個人としていつかやりたい事として取っておいて、今は日本での役割をやり甲斐持ってやらせて頂いています。

 

無限に広がる可能性と進化する過程を楽しもう!

率直に伺います…スマートドライブで働くのは楽しいですか?

めちゃくちゃ楽しいです!モビリティデータの活用には無限の可能性があります。いまだにその可能性に気づいていない人も多いし、有象無象のプレイヤーが存在して、ゲームのルールもまだ分かっているような分かっていないような状態だと思っています。この状況を「2000年代のインターネット業界」と表現する人もいます。

スマートドライブは様々な移動体のデータを収集・分析・可視化・事業活用して、お客様の移動に関する様々な課題を解決するだけでなく、既存の事業を変革したり新しい事業の開発をお手伝いできる唯一無二のポジションにいて、更にそのお手伝いできる領域が毎日どんどん広がっていく感覚です。

 

お客様からはスマートドライブのどの部分に価値を感じていただいているのでしょうか?

プラットフォーム自体の競争優位性に加えて、様々なバックグラウンドを持ったモビリティデータによる事業変革・新規事業開発に長けたタレント集団である点も、同じくらい価値を感じて頂けているのではないかと思います。

 

スマートドライブならではの営業の醍醐味は?

100年に一度の移動の進化のど真ん中で、その進化の自ら創って行っていく過程を楽しめるのが、一番の醍醐味だと思います。スマートドライブは法人のお客様の車両管理業務課題の解決だけでなく、モビリティデータを活用して事業変革したり、新規事業開発のお手伝いをしています。更にこのモビリティデータの活用余地は日々広がっており、数ヶ月経っただけで以前とは全く違う所にいる、出来る事が増えているという事が起こっています。

また出来上がった製品をいかに売っていくかだけではなく、そもそもどういう製品を作っていくべきかも開発組織と一体となって考えています。後はSales Operationも日本のスタートアップの中ではかなり洗練されている方だと思います。よくある無駄な作業やストレスがほとんど無く、本来の目の前の仕事に集中できます。

 

稲垣さんが一緒に働きたい人はどのような人でしょう?

モビリティデータで社会課題を解決するという世界観と、目の前のSaaSビジネスの事業成長の両利きを、自律的に考えて行動できる人と一緒に働きたいです。もしこれを見て頂いて少しでも共感頂ける部分があったら、是非気軽に声を掛けて頂きたいです!

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